「中盤が少しだれる」という指摘は当たっていることが多いものです。ところがそれを聞いて直せる人は多くありません。どこをどう直せばよいのかが、その一文の中にないからです。このノートは、緊張を印象ではなく軸として見る方法を扱います。
初稿をめぐる会話はたいていこんな言葉でできています。入り込めない、人物がつかめない、終盤が急ぎ足だ。どれも当たっているかもしれません。問題は、これらの言葉が直す場所を指せないことです。
直す場所を指すには、緊張を何かに照らして語る必要があります。照らすものがあれば「ここがだれる」は「この一続きで人物が理性と感情のどちらにも立っていない」に変わります。後者は直せます。
その照らすものを何にするかが、この層のすべてです。人物の性格類型にすることもできますし、ジャンルの約束事にすることもできます。Movie Kick は両極を持つ軸にしています。
一つの軸は、互いに引き合う二つの極でできています。理性と感情、信頼と疑い。どちらかが正解なのではなく、人物がそのあいだのどこに立っているかが、その瞬間の状態になります。こうした軸が17あり、四つの領域に分かれます。
| 領域 | 軸 |
|---|---|
| 自我 | 理性 vs 感情 · 勇気 vs 恐れ · 本当の自分 vs 仮面 · 解放 vs 執着 · 偉大さ vs 平凡 |
| 絆 | 愛 vs 憎しみ · 信頼 vs 疑い · つながり vs 孤立 · 真実 vs 偽り · 赦し vs 復讐 |
| 秩序 | 力 vs 無力 · 正義 vs 不義 · 責任 vs 私欲 · 脱出 vs 束縛 |
| 運命 | 生 vs 死 · 希望 vs 絶望 · 自由意志 vs 運命 |
軸は性格が異なります。二つの極が互いを補い合う軸もあれば、一方を選べばもう一方を諦めることになる軸もあります。ですから同じ位置にいる人物でも、どの軸から見るかで読めるものが変わります。軸の性格を無視して一つの物差しで測れば、本来違う物語が同じ形に均されてしまいます。
軸は多く使うほどよいわけではありません。一本の作品が本当に扱う軸はたいてい二つか三つで、残りは背景に沈みます。17を置く理由は全部使わせるためではなく、自分の作品が何を扱っているのかを選べるようにするためです。
Movie Kick はプロットを立てたあと、その作品がどの軸の上で動いているかを示します。物語が進むにつれて人物が軸の一方から他方へ渡っていく流れが描かれ、その流れが平らなままの区間が目につくようになります。
ダークナイト — ブルース・ウェイン
実際の分析画面から写したものです。太い線がこの人物の主軸「責任 vs 私欲」。8〜10で一度上がり、11〜12で最も低く落ち、13から最後まで戻りません — その沈み込んだ区間が、物語が人物に代償を払わせる場所です。
これは点数ではありません。作品に等級をつけることも、何を直せと指示することもしません。だれると感じていた場所に名前をつけるところまでがこの層の仕事で、何をするかは書き手が決めます。